「冬のことごと」に寄せて③ 寺田鳴彦著
- Maki Ishimine
- 2020年12月6日
- 読了時間: 4分
④こもりうた
野上彰作詞、團伊玖磨作曲による。もともとの原曲は、昭和26年、NHKの「婦人の時間」で紹介されたもので、後の「みんなのうた」でも定番となっていた名曲である。雪の城には、氷の花が咲いていて、そこには揃って雪の帽子を被った15人の小人が住んでいて…なんともメルヘンチックな詩の内容は、童心に還るような、ほっこりとした気持ちにさせてくれるし、母と子の対話形式の節回しにも心癒される気がする。麻紀さんは、幼い頃、母親から聴かされて覚えたというこの子守唄。その後、大人になってからもよく口遊んでは大切にしてきたそうだ。今回のレコーディングでは、ピアノのゆっくりとしたテンポに併せ、麻紀さんの歌唱は淡々とした優しい語り口で展開されている。最初の導入部から最後の「およって静かにねんねんよ」という締めくくりの句まで、なんともいえない慈愛に満ちていて、とても耳心地が良い。今回のアルバムのどの曲も麻紀さんの良さがいろいろな形で昇華されているのだが、これに関しては清冽な思いが一層強く、歌となっているのが感じられる。
⑤ fade into monochrome 「フェード・イントゥ・モノクローム」
時が経ち、移り変わる季節の中、過ぎ去っていく日常がある。ただ、あの日から立ち止まったまま葛藤する“想い”だけが、逃げ水のように遠くに現れては消えていく。けして戻ることのない日々。そんな切なさと余韻を感じる … 。
最後の “fade into monochrome”(フェード・イントゥ・モノクローム )は、このアルバムに収められているもう一つのオリジナル曲である。この曲の “逃げ水” や “無限ループの数式”というワードからは、現在の心情が過去や未来の時間軸とオーバーラップして映り続けているような感覚を覚える。そして、終曲のフレーズにある、“ビルの上から 夜が立ち込めてく 帰れない僕 帰らない君 心の在処さえ 見つけられない僕に何ができるの” といった自己の内側への自問自答や、そこからさらに“寂しさと自由を ぐしゃりと握りつぶし何もできない” というやるせない虚無感が最後にぽつりとそこに残っているような詩的表現は、じつに秀逸だなぁと感心する。曲のアレンジにおいても、はっきりとしたイメージがあり興味深い。それは音の編成にもあり、この曲には他の曲にはないシンプルなアコギの音がフィーチャーされている。ピアノの旋律に沿うように、控えめながら、じつにツボを押さえた巧みなギターである。しかもそれだけではなく、曲の特性をよく理解した緩急の付け方が即興的で何とも煌びやかな仕上がりになっているのだ。演奏している人は、自身のユニット「The シャンゴーズ」の活動を中心に様々なセッションを展開しているブラジリアン・スタイルのギタリスト、中西文彦氏で、麻紀さんの長年の友人だそうだ。彼女が魅了されるという中西氏の音楽性、それはロックを根底にクラシックの技術をブラジルへの憧憬とないまぜにし、そこから生まれたものに対して破壊と再生を繰り返しては、絶えず一つの型には留まることをしない世界観にあるそうで、今回レコーディングにおいては、そんな氏へのリスペクトを滲ませ、さらには互いの音楽に対する信頼と理解のもと、じつに聴き応えがある曲に仕上がっているのを感じた。双方のコラボレーションによる完成度がとても高く、冒頭でも言ったように、静かなる余韻を残して終えていくような展開は、まさにエンディングを飾るのにふさわしい曲である。
さて、それではアルバム全体から受けた印象についても少し触れてみたい。
まず、このアルバムは30分弱の短い構成にしては、かなりの“密度”があると感じた。それは、それぞれの楽曲が「冬」のテーマに沿ったカラーで作られている事による統一感からでもあるのだが、それだけではなく、随所にアルバムそのものの完成度を意識しこだわっていることが大いに関係しているように思う。例えば、曲と曲との繋がりにおける間であったり、曲順であったりとかは、アルバムを作るうえで大事な部分なのだが、ここでは、言語や詩語のタイプが異なる曲同士が、とりわけギクシャクせずにスムースに繋がって聴こえるように、充分考え練られているような気がする。また、あまり長尺の曲を選ばずに曲数を5曲までに絞り込んだこともまとまりという点では功を奏しているし、厚紙で製本した詩集を思わせるアートワークも、アルバムを一つのイメージに昇華させる重要なファクターとなっていると思う。それぞれが上手に絡みあうことによって生まれた“密度”ではないだろうか。アルバムを通して聴き終えた後に、しっかりと重なり合う音の粒が、じんわりとした「冬」の残像となって心に浮かびあがってくる。
“濃い”アルバムである。
さて、それでは最後に、この記念すべきファースト・アルバムの完成を一つのステップとし、バラッドの世界への深遠な道のりを歩いてゆくアーティスト “いしみね 麻紀” の今後に期待しながら、彼女の音楽のスタート地点ともなる馴染みのロックバー「ストーリーズ」で、今夜は乾杯のグラスを傾けたいと思う。
バラッドに魅せられし人へ
「冬のことごと」に寄せて
2020年11月
寺田鳴彦

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