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「冬のことごと」に寄せて① 寺田鳴彦著

  • 執筆者の写真: Maki Ishimine
    Maki Ishimine
  • 2020年11月21日
  • 読了時間: 4分

6月の或る日の午後、心待ちにしていた1枚のCD プレアルバムが私のもとへ届いた。


タイトルは「冬のことごと」~ “バラッドに導かれて”

アーティストは、いしみね 麻紀。


それは、かねてからの友人である麻紀さんが私に送ってくれた、本人による記念すべき初レコーディング作品であった。丁寧に梱包されて送られてきたそのアルバムは、CDというよりは、装丁された1冊の本のようで、制作するにあたっての費やした時間や愛情が透けて見えるほど、凝った作りになっている。また、主にこのCDパッケージのアートワークを担当したのが、能登の蒔絵作家であり画家の木谷 雅幸氏で、そのデザインやレイアウトからも、アルバム全体の「冬」のイメージやコンセプトが、視覚的にも具現化され、伝わってくる素晴らしいものとなっている。さらに実際の装丁作業は、素材(紙)の選択から始まって、1枚1枚、麻紀さん本人による完全な手作業だったというから、その几帳面さと根気強さには全く驚かされるばかりだ。


肝心のCDの内容であるが、このアルバム「冬のことごと」は、そのタイトルから連想できる、「冬」をテーマにした 5つの歌がクレジットされていて、それは英国伝承歌(ここではバラッドと呼ぶことにする)を中心に、童謡やオリジナル・ナンバーから選ばれて構成されている。


まずオープニングを飾るのは、“The Snow It Melts The Soonest” (ザ・スノー・イット・メルツ・ザ・スーネスト)という歌。これは麻紀さんが最初に覚えたバラッドで、デビューライブでも、オープニング・チューンとして歌った大変思い入れ深い曲だ。今回の記念すべき初アルバムにおいても、やはり自身の原点とも言うべきこの曲からのスタートとなる。続いて、2曲めの “ 春まだき “ は、オリジナル・ナンバーで、寒い冬のさなか、春への期待と憧れをもって、まだ会えぬ遠く離れた人との再会を願う切ない歌である。そして、3曲めは、とある日のロックバーで、衝撃と共に涙したという名バラッド、 “The Month Of January ”(ザ・マンス・オブ・ジャニュアリー)… おそらく今回の収録で彼女が最も歌いたかったのは、この曲ではないだろうか。続いて4曲めになるが、NHKの「みんなのうた」でも定番だった 、懐かしい “こもりうた” 。これは、体調不良だった昨年のこと、自分への慰めにベッドの中でよく口ずさんでいたというほど、麻紀さん自身の心の内でずっと大切にしてきた曲らしい。そしてラストは、“逃げ水” というキーワードで、別れた恋人への想いや寂しさから、離れられない心の行方を歌っているオリジナル・ナンバー “ fade into monochrome ” (フェード・イントゥ・モノクローム)。この曲をもって、アルバム「冬のことごと」は静かな余韻を残しながら幕を閉じていく。


どの曲も私の予想を超えるクオリティに仕上がっていて、どこか郷愁感溢れた冬の情景がぼんやりと浮かんでくるようだ。そして、それぞれの曲にある ”冬のことごと”を頭に浮かべながら何度か繰り返し聴いているうちに、ふと思い出したことがある。それは一昨年前、(Facebookのリンクだったか、YouTubeからだったのか、その辺の記憶は少し曖昧になるが) 下北沢のロックバー「ストーリーズ」で収録された麻紀さんのライブ映像を初めて観た時のことで、確かサンクスギビングを終えた後の12月に差し掛かる時季だったと記憶している。暗い店内を照らすキャンドルの灯が風に揺れる映像から始まって、その場の凛とした冬の寒さが伝わってくる光景の中、やがて演奏が始まると、しだいに麻紀さんの歌によって、かじかんだ手がほぐされていくような、不思議とそんな温かみを感じるライブだった。その映像を観ていた当時、私は米国カリフォルニア州のパサデナという街に住んでいたのだが、そこは地中海性気候に属している土地柄、冬といっても、北風が吹き凍てつくような寒さとなる日本とは違い、じつに温暖な地であった。今にして思えばその日、麻紀さんが歌っていたAnne Briggs(アン・ブリッグス)の曲、“Go Your Way” (ゴー・ユア・ウェイ) をはじめとした、他の英国のバラッドから受ける寒い国のイメージとはだいぶ隔たりがある所から、まるで懐かしい寒色の故郷に想いを馳せるような気持ちでライブ映像を観ていた、そんな気がする。


その半年後に米国での生活を終えて帰国した私は、実際の麻紀さんの生ライブを、その時の映像と同じ場所、ロックバー「ストーリーズ」で体験することとなる。その日のライブは、冬の日に観た映像とはまた違った印象があり、季節的にも春の瑞々しさに溢れた爽やかな感触のもので、今あらためて振り返ってみても、バラッドのもつ空気感、情感や奥深さに触れる良い機会だったと思うし、実に感慨深い時間であった。


そして、その後は麻紀さん自身が体調を崩したり、精神的にもいろいろと紆余曲折あったようで、ライブ活動自体を休止し、心機一転してアルバム作りに専念した結果、約一年後に、ついに渾身の初アルバムが出来上がったのだ。それが今、私の手元にある、この「冬のことごと」である。


ー続くー






 
 
 

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