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「冬のことごと」に寄せて② 寺田鳴彦著

  • 執筆者の写真: Maki Ishimine
    Maki Ishimine
  • 2020年11月23日
  • 読了時間: 5分

更新日:2020年12月6日

さて、それではあらためて、アルバムに収録されているそれぞれの"冬の歌"について、もう少し私なりの意見を交えながら詳述していきたいと思う。




① The Snow It Melts The Soonest 「ザ・スノー・イット・メルツ・ザ・スーネスト」


ある時、英国トラッドに傾倒していった麻紀さんが初めて覚えたというこのバラッドは、19世紀はじめ、イングランド北東部の街ニューカッスルで、ストリート・シンガーから採集された “My Love is Newly Listed” (マイ・ラブ・イズ・ニューリー・リステッド) というチューン (曲) に合わせて作られたとされている。英国フォークの歌姫、Anne Briggs (アン・ブリッグス) をはじめ、Archie fisher (アーチー・フィッシャー)、Tom Gilfellon (トム・ギルフェロン) 、Dick Gaughan(ディック・ゴーハン) といった70年代以降に活躍するフォーク・リバイバリスト達が好んで各々のアレンジをもって歌い上げた名曲の一つで、新しい時代や世代にもこの曲は脈々と受け継がれている。90年代にはEliza Carthy (イライザ・カーシー) が、ミレニアム以降では、あのSting (スティング) が『冬』をテーマに宗教、神話、精神世界を柱にしたコンセプトアルバム “IF ON A WINTER’S NIGHT…”(ウィンターズ・ナイト) を発表し、その4曲めにこれを取り上げたことは当時じつに感慨深かった。そんな「冬」の名バラッドを麻紀さんが緊張と抑揚あるシンギングで表現したのが、今回のテイクである。


導入は、静寂の中から始まり、無伴奏の歌い出しにより空気の流れが変化する。口承歌の持つ朴訥さと翳り。時間がゆっくりと流れていく感じだ。この曲における麻紀さんのシンギング・スタイルは、アン・ブリッグスの無伴奏バラッドによるそれを手本に、そこからインスピレーションを得ているのがよくわかる。単になぞらえるのではなく、"いしみね 麻紀"というフィルターを通しての、ナチュラルな感情の起伏と息づかい、臨場感ある歌い回し。そして、この曲からイメージできる冬の静謐な美しさを表現するのに必要な儚さと厳しさが、彼女の内にも確かに備わりつつあるのを感じた。偽りのない等身大の自分を素のままに表現した、じつに好感がもてる一曲だと思う。



②春まだき


「朝まだき」という古い語があるが、「まだき」はある時点に十分達していない時。まだ早いの意で、夜の明けきらない時という意味になる。「春まだき」は造語らしい。その意味からすると、まだ冬が明けきらない時。早春を迎える間際であろうか。


優しい鍵盤の音に沿って、語りかけるように麻紀さんの歌が始まる。


“どうしていますか 今は会えない人へ”(歌詞より)


まだ寒い冬の季節、暖かい春に希望を持って、遠くにいる恋人を想い、さながら古いバラッドに登場する船乗りの帰還を待つ女性のような気持ちで歌は続いていく… 曲の途中から効果的に使われているチェロの音が無国籍でノスタルジックな雰囲気をうまく醸し出している。


“あなたから届いた道標 私の夜空に それは輝くオリオン” (歌詞より)


しだいに西に傾きつつあるオリオン座の輝きであろうか、冬明けの季節はもうすぐ近いことを予感させてくれるような一節にも感じる。そして…願いともとれるフレーズで曲は終わっていく。


“風が教えてくれる 二人巡り会う時を” (歌詞より)


アルバムのアートディレクターでもある木谷 雅之氏の「promise」という作品から閃きをつかんで作ったという麻紀さんのこの曲は、短い歌詞の中にも、きらりとした心情描写や巧みなストーリーラインがあって、とても完成度が高い仕上がりになっている。うん、いい曲だ。



③ The Month Of January 「ザ・マンス・オブ・ジャニュアリー」


「ジューン・テイバーを知った時、今振り返っても私は人生のどん底に差し掛かかっていました。いつものロックバーで突然降って来たその歌。そのアカペラの世界。それは音なのに静寂の世界でした。それまで会話していた隣の人の声は消えて、心が沈み込んで行きました。自分の心の底へと。鎮静とか癒しとか慰めとかそんな言葉ではなくて、ただ、内部へ内部へと導かれていくかのようでした。気がつくと泣いていました。」 ―「或る日のいしみね 麻紀の回想」より―

麻紀さんが、この日バラッドの洗礼を受けてしまったというアルバムが、June Tabor (ジューン・テイバー) の「Abyssinians」(アビシニアンズ) で、“The Month Of January”(ザ・マンス・オブ・ジャニュアリー) は、そのアルバムの最初に収録されている。詩の内容は身勝手な恋人に捨てられた後、無慈悲にも両親に家から放り出され、雪の中に置き去りにされた少女を喩えにして、“若さや見た目の美しさに惹かれて、大事な本質を見誤ってはいけない”という教訓めいたものである。

日本での馴染みは薄いのだが、50年代~60年代にかけて民衆の歌を伝えたアイルランドの伝承歌手 Sarah Makem (サラ・メイケム) が得意とした有名なバラッドの一つで、その他にも Dolores Keane (ドロレス・ケーン )をはじめ、数多く、アイルランドやイングランドのトラッド・シンガーによってそれぞれのスタイルで歌われてきた名曲である。とりわけ、その中でも一際沈み込むような歌声と深淵な世界観を感じさせるジューン・テイバーのテイクこそが、その後のアーティスト “いしみね 麻紀” の歌や曲の構成に多大な影響を与えることになったようだ。

それでは、本アルバムのこの曲における麻紀さんの表現について触れてみよう。まず曲全体の構成や核となるイメージだが、すぐに私の脳裏に浮かぶのは、小さなカテドラル、残響音、祈りや 時間の流れといった瞑想感に帰結するワードで、アンビエント的な荘厳さを意識しているような気もする。そして彼女のシンギングそのものにも大変伸びがあり、加えて、ミックスにおいても意図的にリバーブを重ねたアカペラの歌唱に、ハルモニウムのトレモロ機能を効果的に使うなどして、深く染み込んで滲んでいくような、この曲の輪郭をうまく作りあげることに成功している。本アルバムの前出のバラッド曲、 “The Snow It Melts The Soonest”(ザ・スノー・イット・メルツ・ザ・スーネスト) とはまた趣きを異にしていて、違う意味での聴かせどころがある展開となっているところが面白い。英国トラッドがまとう空気感や翳り。それが歌い手の表現したい音のイメージと、ほどよくブレンドされている感じがする。かなり意図していたヴァージョンに近い形になったのではないだろうか。



ー続くー


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